医師国家試験第113回C31 より引用
70 歳の男性。腎機能低下のため来院した。 20 年前から健診で尿蛋白と尿潜血を指摘されている。 5年前から腎機能低下を指摘された。 2か月前の定期検査で腎機能がさらに低下していたため、腎代替療法の準備を勧められて受診した。 55 歳時に急性心筋梗塞の既往があり、左室収縮能の低下(左室駆出率 35%) がある。アスピリン、アンジオテンシン変換酵素〈ACE〉阻害薬およびβ遮断薬を内服している。61 歳時に交通外傷で脾臓摘出と小腸部分切除を受け、その後癒着性イレウスで 2回開腹歴がある。 65 歳から糖尿病を指摘されて経口糖尿病薬を服用している。身長 160cm 、体重 80kg 。脈拍 72/ 分、整。血圧 120/86mmHg 。腹部は平坦、軟で、心窩部から臍下部にかけて手術痕がある。両下腿に浮腫を認める。認知機能は正常で、神経診察に異常を認めない。尿所見:蛋白 3+、糖(-)、潜血 2+、沈渣で多彩な変形赤血球と顆粒円柱を認める。 1日尿量 2,050ml 。血液所見:赤血球358万、 Hb 10.5 g/dL 、Ht31 %、白血球 5,700 、血小板 28 万。血液生化学所見:総蛋白6.6 g/dL 、アルブミン3.5 g/dL 、尿素窒素50mg/dL 、クレアチニン5.1mg/dL 、eGFR9mL/分/1.73m² 、HbA1c 7.0 %(基準 4.6~6.2) 、Na 142 mEq/L 、 K4.5 mEq/L 、Cl 103 mEq/L 。
腎代替療法についての説明で適切なのはどれか。
a 「心臓が悪いので腹膜透析は適しません」
b 「糖尿病があるので腹膜透析は適しません」
c 「血液透析は尿が出なくなってから開始します」
d 「アスピリンを服用しているので血液透析は適しません」
e 「大きな腹部手術の既往があるので腹膜透析は適しません」
普段は馴染みの薄い腎代替療法に関連した問題です。
腹膜透析をメインにした題材で珍しいですね。なかなか難しい問題だと思います。
患者のプロファイルを整理しよう
今回の患者さんはもともと血尿蛋白尿を指摘されている(=何らかの慢性糸球体腎炎が疑われる)ものの特に精査はされてこなかった人です。
心臓が悪くて不運にも事故で大手術を経験しておりさらに術後は癒着性イレウスも繰り返しているようです。
糖尿病も発症していますがインスリンを使用するほどではなく治療をされています。
クレアチニンは5mg/dlと腎代替療法が必要になる時期も近そうです。
腎代替療法の種類を知るべし
この問題を解くには腎代替療法になにがあるか知らないといけません。
腎代替療法は大きく分けて3つあります。
①血液透析 ②腹膜透析 ③腎移植
一つずつ復習しましょう。
①血液透析は日本では断トツで患者さんの数が多い治療になります。
基本的な原理は血液を体から取り出して浄化して体に戻す治療です。
一般的には週3回血液透析ができる施設に通いながら治療していきます。
②腹膜透析は透析液を腹腔内に貯留し腹膜を利用して透析治療を行う方法になります。
血液透析より選択している患者さんの数は少ないですが在宅で行いやすく、通院が月1-2回程度に抑えられることなどメリットがあります。
腹膜炎などの特有のリスクや残腎機能が完全に廃絶した場合は継続が困難といった側面もあります。
腹膜透析の患者さんでも種々の理由で腹膜透析の継続が困難になった場合は血液透析に移行していくことが多いです。
③腎移植は人から片方の腎臓を移植する治療です。
レシピエントとドナーの条件が問題なければ血液型不適合でも移植可能です。
日本では欧米と比較しても件数は少ないのが現状ですが今後の発展が期待されます。
選択肢から血液透析と腹膜透析の特徴を覚えよう
選択肢の検討をしていきましょう。
a 「心臓が悪いので腹膜透析は適しません」
これは間違いです。循環動態に与える影響が少ないのが腹膜透析のメリットの一つと言われています。
血液透析と腹膜透析の決定的な差は治療時間です。
血液透析はわずか週3回の3-4時間の間に余分な水分の調整や毒素を取り除く治療をします。
それに比べると腹膜透析は毎日半日-1日かけてゆっくりと腹膜を介して余分な水や毒素を取り除くことができます。
低心機能の患者さんは循環動態に与える影響の少ない腹膜透析の方が適している可能性があります。
ただし腹膜透析は除水が苦手な部分もあり残腎機能との兼ね合いもありますがこの患者さんは尿量が多いので大丈夫と思われます。
b 「糖尿病があるので腹膜透析は適しません」
これを選んだ人は結構勉強している人ではないかな。
「腹膜透析って血糖コントロール悪くなるって聞いたことあるな」と知識があると逆にひっかかるかもしれません。
腹膜透析液にはある程度のブドウ糖が含まれています。
濃いブドウ糖濃度は腹膜機能の劣化につながるため高濃度のブドウ糖が含まれた透析液が使われることは少なくなりましたが、浸透圧維持のために多少はブドウ糖が含まれています。
ブドウ糖は腹膜を介して体内に吸収されてしまうために糖尿病の患者さんは腹膜透析で血糖コントロールが悪くなる可能性はあります。
そのために腹膜透析液からどの程度カロリーが吸収されるか予想してカロリー制限を強化する工夫をしたり、血糖コントロールを必要に応じて強化する場合はありますが禁忌というほどではありません。
c 「血液透析は尿が出なくなってから開始します」
尿が完全にでなくなることと、血液透析を開始することになんら因果関係はありません。不正解です。
電解質異常や体液量、代謝性アシドーシス、尿毒症などなど腎代替療法が生命維持に必要になった時点で血液透析を希望しているのであれば血液透析を開始することになります。
完全に尿が出なくなるまえに電解質異常や尿毒症がコントロールできなくなって腎代替療法を開始しなければならなくなるのが通常です。
尿が出なくなったら残腎機能に透析効率や除水を依存している腹膜透析は例外を除けば困難であり腹膜透析から血液透析に移行するきっかけの一つにはなると思います。
したがって尿が完全にでなくなったら腹膜透析は適さないならあながち間違いではありません。
d 「アスピリンを服用しているので血液透析は適しません」
通常はアスピリンやワーファリンを飲むことは何ら問題になりません。
e 「大きな腹部手術の既往があるので腹膜透析は適しません」
正解の選択肢ですが、少し疑問が残る選択肢でもあります。
腹膜透析は腹部手術歴がある場合は躊躇されることが多いです。
理由はいくつかありますが、腹部手術をしていると腹膜が高度に癒着している場合が多くうまく腹膜透析ができない場合があるからです。
この患者さんは癒着性イレウスを繰り返していることから腹腔内は高度に癒着していることが予想されます。
高度の癒着は周術期や術後のカテーテルトラブルのリスクが高いです。
腹膜が癒着しており透析液が十分な量を貯留できなかったり、腹膜機能が十分に保たれていない場合などがありえます。
しかし「大きな腹部手術歴がある」=「腹膜透析は禁忌」ということはありません。
最近では大きな腹部手術をしていても腹腔鏡を用いて癒着の有無を確認したり、癒着をはがしつつ挿入する場合などはあり得ます。
現実的には二度も癒着性イレウスで開腹歴のある患者さんにお勧めすることはかなり少ないと思われますが、「大きな腹部手術の既往があるので腹膜透析は適しません」というのは少し間違いになります。
腹膜透析や腎移植にも焦点を
腎代替療法を必要とする患者さんは高齢化とともに増え続けています。
日本では血液透析の割合が非常に多いですが、意外かもしれませんが腹膜透析や腎移植は日本以外のアジアでは普及する傾向にあります。
血液透析施設を日本のようにあらゆる場所に設置するのはコストがかかりますが、腹膜透析にはそのような必要がありません。
また実は総合的なコストは腎移植のほうが安いとも指摘されています。医療コストがどんどん増大する日本もコストの話は他人事ではありません。
今後は日本でも腎移植や腹膜透析が推進される傾向が強まり国試でも取り上げられる頻度が増えると思われます。
腎代替療法についての問題なので本当は移植についても選択肢で取り上げてもよさそうなものですがどうでしょう。
参考文献