70歳の女性。胸背部痛のため救急車で搬入された。自宅で家事中に突然、胸背部痛を訴え、その後意識が低下したため夫が救急車を要請した。健診で血圧が高いと指摘されたことがある。ADLは自立しており、発症前の状態はいつもと変わりなかった。搬入時、意識レベルはJCSⅢ-100。心拍数 100/分、整。上肢の血圧は計測不能。下肢の血圧は 70mmHg (触診)。呼吸数 30/分。 SpO₂計測不能。頸静脈の怒張を認める。橈骨動脈は両側とも微弱にしか触知しないが、両側頸動脈と両側大腿動脈は触知する。胸部聴診で Ⅰ音とⅡ音が減弱している。呼吸音に異常を認めない。腹部は平坦、軟で、肝・脾を触知しない。四肢に網状皮斑を認める。
最も優先される検査はどれか。医師国家試験 第113回 F48より
a 下肢静脈超音波検査
b 心エコー検査
c 胸椎 MRI
d 頭部 CT
e 胸部 CT
とてもよく練られていて勉強になる問題です。
こうしたまさにショックになってバイタルが崩れている、まさに死の一歩手前みたいな症例は救急外来のもっともやりがいのあるところです。
一刻一秒を争う状況で次の判断が患者さんの予後に大きくかかわるかもしれません。
症状とショックバイタルに注目して問題を読み解く
ショックについて理解できているのかが問われています。
では症例を検討していきましょう。
突然発症の胸背部痛で発症したショックバイタルの高齢女性です。
普段から高血圧を指摘されており、血管系の高リスク因子を持っていたことがわかります。
突然発症の胸背部痛でまず考えるのは大動脈解離でしょう。
もちろん心筋梗塞も考えられます。
胸痛のみのことが多いですが背部痛が一緒に出てもおかしくはありません。
呼吸困難ないので考えにくいですがかなり重症な肺塞栓もあり得るでしょう。
おそらく救急隊からの情報でショックバイタルであることもわかっているでしょう。
通常の大動脈解離であれば血圧は上がることのほうが多いです。逆に心筋梗塞なら虚血の範囲にもよりますがどちらかというと血圧は下がります。
とにかくこの患者さんを救命するにはバイタルを立て直すしかありません。
ショックの原因を考えよう
この時点ではもしかしたら心筋梗塞や肺塞栓(=心原生ショック)なのかな、それとも大動脈解離が破裂して胸腔内や腹腔内に出血している循環血漿量減少性ショックの状況なのかな、心タンポナーデを併発している=閉塞性ショックなのかなと考えます。
心筋梗塞と大動脈解離両方が起こっている可能性もありえます。
どのショックなのかによって初期対応が大きく変わります。
応援を呼ぶ医師も循環器内科なのか心臓血管外科なのか、全然違います。
網状皮斑や上腕での血圧測定不能、橈骨動脈の触知が微弱などかなり末梢循環障害は悪そうです。ショックバイタルの患者さんでは橈骨動脈がほとんど触れないということはよくあります。
もう少し所見をとっていくと頸静脈に怒張がありうっ血しているようです。
ということは循環血漿量減少性ショック(むしろ虚脱します)の可能性は低そうです。
したがってショックの原因は心原性ショックと閉塞性ショックかなーと考えます。
心原性ショックでも閉塞性ショックでも心臓がポンプとしての機能を果たせていない状況なのでwetかつcold、つまり静脈から動脈に血液を回せていない状況になります。
低血圧など循環不全はあるのに頸静脈の怒張など静脈系はうっ血しているという少し矛盾した状態です。
考えればわかるのであえて覚える必要はないと思いますが、この症例は心タンポナーデのBeckの三徴(頸静脈怒張、低血圧、心音減弱)を認めています。
ここまでで行いたい検査は明確になります。
どの疾患であっても簡便かつ迅速に同時に評価できる検査があります。
それは心エコーです。採血をしたりルートをとったり心電図をつけたりしながら同時に検査もできます。
すこし詳しく考えてみます。
心エコーで大動脈弁閉鎖不全や心タンポナーデを認めれば大動脈解離の診断が疑わしくなります。
エコーで大血管をみることでその場で診断がつく場合もあります。心嚢ドレナージをして閉塞性ショックを解除したり、なんとか血圧を回復させ造影CTを早急に取りつつ心臓血管外科の医師に連絡をとることになるでしょう。
もちろん心筋梗塞の影響で心嚢液が溜まっている可能性もあるので慎重に判断しなければなりません。
もし心エコーで壁運動の低下があきらかであれば心筋梗塞の可能性も考えます。むろん心電図変化が出ていると思います。
右心不全所見が強ければ肺塞栓を疑います。この場合も造影CTをとりつつ評価していくことになります。
選択肢から見える問題の真意
a 下肢静脈超音波検査
これは肺塞栓をひっかけようとしたのでしょう。
確かに下肢静脈に血栓があれば肺塞栓の可能性は上がるかもしれませんが、何もなくてもすでに血栓がとんだ後を見ているのかもしれないしすくなくとも直近の方針になにも影響を与えません。
b 心エコー検査
正解です。
c 胸椎 MRI
脊髄損傷による神経原性ショックを疑うということでしょうか。
神経原性ショックは基本的に血管分布異常性ショックになるので末梢の循環不全は目立たないはずでし徐脈になることのほうが多いです。
また、麻痺などもないので考える人はあまりいないでしょう。
d 頭部 CT
意識レベルが悪いのは循環動態が破綻していることが原因と考えるのでまずすべき検査ではありません。
循環動態が安定したのちに意識状態が変わらないのであれば行うことは考慮してもよいとは思います。
e 胸部 CT
一番のひっかけでしょう。
造影CTでないことが唯一の救いかもしれませんが、読みが深い受験生は腎機能がわからなのでとりあえず単純CTをと思って逆に選択するかもしれません。
診断から治療までつなげることを考えると撮影するなら胸部だけでなく腹部と骨盤まで(できれば頭部も)撮影しないとこの症例の場合は意味がないのでこの選択肢は完全に間違っているといえます。
全身の造影CTだったらかなり悩むと思いますが、いずれにせよ順番は心エコーした後にvitalを持ち直して造影CTです。
この問題はショックの鑑別と対応をきいている
この問題文を読んでまずなにに注目するか、それは血圧です
突然発症の胸背部痛で、確かに背部痛は大動脈解離を連想させますが、大動脈解離の患者さんは基本的に血圧が上がります。
この症例は低血圧なのでここで違和感を覚えます。これが胸痛だけだったらどうでしょうか。おそらくみんな心筋梗塞を考えるでしょう。
呼吸困難を訴えていたという病歴を付けくわえたらどうでしょうか。みんな肺塞栓を真っ先に考えるのではないでしょうか。
これだけショックバイタルの解離であればおそらく破裂しているのではないかとまず考えますが、うっ血が強い所見がありちょっと違うぞとなり、心エコーでとりあえず心臓が動いているのかちょっと見てみようという流れになります。仮にうっ血所見がなくて、FAST陽性であれば、おそらく出血性ショックでしょう。とにかく輸液してvitalを立て直しながら造影CTに直行するのも間違いではないでしょう。
いずれにせよエコーのほうが簡便に早く評価できるので
「最優先されるのは」という聞き方をされて迷ったらエコーを選んでおけば間違いないかもという試験テクニックにもつながってしまうかもしれません。
この問題は座学の学生時代から実践の臨床への架け橋に国家試験がなろうとしている臨床にそくしたいい問題だと思います。